「一人ジャパン」をどのように運営しているのか?

私はAtlassianというオーストラリアのソフトウェア企業の社員として、日本で働いています。Atlassianはソフトウェア開発ツールやコラボレーションソフトウェアを開発していて、世界百数十カ国に20,000社以上の顧客がいます。開発、サポートも世界の複数拠点で行なっているグローバル企業です。

日本にも数多くのユーザーがおり、その中には楽天DeNAGREEドワンゴYahoo! Japan、NHN Japan、サイボウズ任天堂、キャノン、デンソー(敬称略)といったエクセレントカンパニーや勢いのある企業も数多く含まれています。そしてデベロッパー、エンジニアというエンドユーザー数にすると、いま挙げた企業を合わせただけでも数万人の単位になります。

時々「Atlassianさんは日本に社員は何人いるんですか?」という質問をされます。日本には私一人しかいないので「一人です」と答えます。そうすると驚かれたり、「大変ですね」と言われます。

日本でビジネスを行う上では、いろいろな機能が日本ローカルで必要になってきます。馴染みのある方は外国企業の日本法人(いわゆるKK)にある機能を想像してもらうと分かりやすいと思います。例えば以下のような機能です。

ですので先に説明したぐらいの規模のビジネスを行っていると、5人や10人のスタッフがすぐに必要になってきます。一人で「大変ですね」と言われるのも無理はありません。

しかし、実際にはそんなに大変ではありません。

なぜそんなに大変ではないのでしょうか。

それは「一人ジャパン」は実際には一人ではないからです。高度に発達した情報共有、効率化の文化とツール、イノベーション、そしてビジネスエコシステムなどにより、日本という「現地では」一人の体制を実現できているのです。日本には一人しかいません*1が、実際に日本ビジネスに関わっているのは私一人では決してありません。オーストラリア本社やサンフランシスコオフィス、アムステルダムオフィス、そしてその他のオフィスにいる社員のリソースを使って成り立っているのです。*2

そのような体制はなかなか簡単には実現できないかもしれません。ですが私が思うに、少なくとも必要なことは、効率的に仕事ができる仕組みをもつことです。そして効率的に仕事をするために仕組みを改善していこうとする文化もまた大事です。

これからその内容を説明していきたいと思います。同じような立場の方の参考になれば幸いです。

ウェブサイトの運営

ウェブサイトはAtlassianにとって非常に重要なツールですのでまず最初に説明したいと思います。

年々パートナーセールスの比率が増しているとはいえ、Atlassian のグローバル市場においてはオンラインで行う直接販売が大多数をしめています。魅力的な製品を、世界中のどのチームにでも手の届く価格で提供するために、設立当初から営業コストを省いた結果、オンラインマーケティング、オンラインセールスが中心になっています。

インバウンド・マーケティング」や「クチコミ」と言うと分かりやすいかもしれませんが、ともかくAtlassianにとってウェブサイトやブログ、その他のオンラインリソースはとても重要なものです。(日本市場においてはインバウンド・マーケティングでリーチできる範囲が、海外に比べいくらか限られているとはいえ、ウェブサイトなどはやはり重要なポイントです。)

Magnolia

Atlassian のウェブサイトは、オープンソースCMSのMagnoliaで構築されています。Magnolia を元にして弊社のデベロッパーが、多言語に対応できるウェブサイトを開発しました。

そのウェブサイトでは、コンテンツの大元はまず英語で作成します。そうすると同時に同じレイアウト、フォーマットで日本語やスペイン語、ドイツ語、フランス語などのローカルサイトににコンテンツが追加されます。そのコンテンツを翻訳することにより、オリジナルコンテンツと同じレイアウト、フォーマットで簡単に公開できるようになっています。

プロダクトマーケティングチームが新しいコンテンツ(英語)を作成すると、自動的に私たちのようなローカルマーケット担当者に通知が送信されてきます。そこで日本語サイトを開いて、翻訳して保存し、アクティベーションをかけます。ここまでは私の方で行えます。このあと念のためウェブサイトチームがこの内容を確認し、1日に数回、本番サイトが更新されます。

従来であれば、コンテンツを翻訳して、それをウェブサイト担当者に送ってアップロードしてもらったりしていたでしょう。日本語のコンテンツだと外国人は改行位置などが分からないので、修正が何度か行われたりして実際にコンテンツが公開されるまでに時間がかかるでしょう。私の場合はそれを自分の手元で直接できますので、時間をとても短縮できます。だから製品の新バージョンリリースなどの時も、英語版サイトとほとんどタイムラグがなく、日本語サイトをアップできます。

また、特に弊社の製品はアジャイル開発により、リリースのサイクルが早い(3ヶ月程度のものが多い)ので、従来のような仕組みであれば古くなってしまったコンテンツがあちこちに見られるといった悲惨な状況になっていたことでしょう。

なお、このウェブサイトの仕組みについては先日、弊社担当者がMagnolia Conferenceで発表をしていますので、ご興味のある方はご覧になってみてください。

優先順位付け

簡単に日本語サイトが作成できるとはいえ、10種類以上の製品があるので全ページを翻訳している時間はありません。製品やコンテンツに優先順位をつけて日本語化を行なっています。製品の優先順位付けは売上を基準にしたり、戦略を考慮に入れる必要もあります。基本的に、コンテンツは購入プロセスに必要なページ(トップページ、価格ページ、トライアル、など)から優先して翻訳しています。

なお、ウェブサイトの翻訳は今のところほとんど全て自分でやっています。特にウェブサイトのようなマーケティングな内容は、オリジナルにこめられたメッセージを、日本語にしても伝える必要があり、社員以外が行うのはかなり難しいと思っています。

A/Bテスト

A/Bテストを行う場合もあります。製品Aはツアーページを日本語化して、製品Bはデモビデオを日本語化して、どちらがアクセス数が増えたかとかコンバージョン率が高くなったかなど比較したりします。その結果によって、翻訳の優先順位を変えていったりします。(まあ、日本はウェブサイトから購入する直販比率が低いですし、購入までのリードタイムも長くプロセスも複雑なのでこういったA/Bテストの結果はなかなか分かりづらいのですが。)

臨機応変

先日「あなたはオフィスでたくさんの時間をムダにしています。」というインフォグラフィックを公開しましたが、これもMagnolia上で翻訳、作成しています。実はこのインフォグラフィックは当初は日本語化する予定ではありませんでした。企画段階で担当者に相談したところ、テキストではなくグラフィックで作成されるから翻訳するにもデザイン作業が必要になるし、使用する統計情報もアメリカのものが多いから、そこまで時間をかけて日本語化する価値はないだろうという結論だったのでした。

ところが公開されてみると、日本人が見ても十分おもしろいものだし、当初の予定とは違いMagnolia上にテキストで展開されていたので、慌てて1,2時間でザッと翻訳して急遽、日本語版を公開したのでした。すると予想通りすぐに2,000以上のページビューを集め、新バージョンのマーケティングに貢献する結果となり、即座に日本語化できるシステムで良かったなと思いました。

つづく

*1:一人で日本オフィスを運営していますが、後で説明するようにサポートは日本の販売パートナー、あるいはAtlassianサポートチームが担当する仕組みになっているので、万が一私に何かあっても製品は安心してお使い頂けますのでご心配なきよう。

*2:日本のビジネスを行うのには一人で十分だと考えているわけではありません。現状は一人しかいないので、一人でできる範囲でやっていて、まあ運営できているということです。